2024年12月26日 畠中の日記 一覧に戻る
属人的な働き方が蔓延する教育業界

この仕事に従事してだいぶ長いのですが、ずっと一つの疑問を抱えてきました。

「塾で何年も働いている人たちが、どうしてもっと多くの子どもたちの点数を上げられないのか」

学習塾で働くならば、数学や英語の点数を上げてくれと言われて入塾してくる生徒に対し、満足に成果を出せていない現実が、どの学習塾にも散見されます。指導が難しい子もたくさんいるのはわかりますが、もう何年もこの仕事をしていれば、そのような生徒に何人も出会ってきたのだから、次こそはと対策を考えてないのか?と思うわけです。

学校の先生だって、業務量が多い、生徒と向き合う時間がないという声を聞きますが、私も学校の先生をやっていた人間として思い返してみたら、どうも、子どもと向き合えないという言い訳にしているようにしか思えない事実もたくさんあったように思います。

サッカーや野球の世界では、20年前に比べたら飛躍的にその技術力は向上しているにもかかわらず、指導の仕方だって体系立てられている部分はたくさんあって、指導の技術も向上しています。しかし、学習塾の世界では、いまだに白黒のテキストとノートで勉強するありさまで、指導の技術だって相変わらず先生の話術と板書で指導がなされていて、20年前と本質的には変わっていません。

学校は、コロナ禍もあってようやく黒板を離れ、タブレットやモニターを使い始めましたが、それも生徒ひとりひとりに端末を与えたからこそ起きたことと現場では捉えられています。

サッカーや野球の世界では、ベスト8に入るぞ!とか世界一になるぞ!といった明確な目標を定めて、そのような日本にすべく、全国各地で現場の指導者がしのぎを削って勉強しています。しかし、学力について、世界トップクラスの学力にするぞと言っている学校の先生をあまり聞きません。

それどころか、先生がいてくれてよかった、先生がいてくれないと困る、って声をもらえることが報酬だ、それがやりがいだと答える先生、塾の先生が多いんですよね。

ベスト8に入るぞ!という明確な目標があるから、指導の技術も勉強する。
先生がいてくれなきゃ困るって思われたいから、そう思われるようなそぶりをするに甘んじる。

そりゃ、サッカーや野球は20年で日本の実力は向上しているけれど、学力は同じようには伸びていないわけです。

私がそんな考えだから、修和塾では、「先生がいてくれなきゃ困る」と言われたい属人的な働き方を好む人は去り、子どもたちを成長させるために自分がどうしたらいいかを日々研究したい人が残っているようように思います。

そのようにして揃った今の社員は、属人的ではない、目的のために集まっている人たちです。
今年を締めくくるにあたり、およそ5年をかけて拡大しながら、人も揃えてきたんだなとわかります。
来年、修和塾は10周年です。
これまでの10年とこれからの10年は、明らかに大きく変わります。楽しみにしています。