2017年05月05日 小さな野球部の物語 一覧に戻る
vol.14 人の想いを感じ取る力は、尊い

中学生だから、勝負よりも大事なものがあります

6回裏。
攻撃できる回数はあと2回。なんとしても同点にしておきたい。まず先頭がデッドボールで出塁。バントで送って、その後内野ゴロ。2アウト3塁になりました。バッターは9番。頑張って練習している子で、先ほどもきれいにバントを決めています。

打った瞬間、軟式野球ならではの高いバウンド。

遅い足を懸命に走らせヘッドスライディング…

「セーフ!」

再び、同点に追いつき、「うおおおお!!」という歓声。

しかし僕は、怪我をした子の対応をしていましたので、横目にみながら考えごと。最終回、この子をそのまま守らせるか、交代させるかを決めなければならなかったからです。

どうしても交代はさせたくなかったけれど、もう一人の顧問の先生が「ダメです」の合図。6回裏、同点に追いつき終了。最終回へ向けての攻守交代のとき、この子のもとに行って声をかけます。

「まだ痛いか?」

「はい」

「交代な」

「先生、すいません」

「仕方ない」

「いえ、俺が暴投してしまって、同点になったから・・・俺がちゃんと投げていれば、あれで終わっていましたから」

「言わんでいい。みんなでなんとかする。病院行っておいで」

「先生、俺、悔しいっす」

泣いていたかはわからないけれど、下を向くその子を見ていると、教育者としては込み上げてくるものがあります。
この子ために勝たなきゃいけません。負けたら、この子は試合の責任を自分にあると思いかねないから。彼はこれから病院へ行くわけだから、この試合についてはできることが何もありません。
この子の中では、自分が暴投して同点になり、それがきっかけで逆転されたところで、時が止まっているんです。

最終回の守り、一人ランナーを出すものの、よく集中して0点に抑えて戻ってきました。すぐに同点に追いついたおかげで、流れはまだまだ五分五分。

けれど、彼らが守っている間、

「野球の試合に勝ちたい」ではなく

「怪我した子の将来のために勝たなきゃ」という気持ちになっていました。

最終回の攻撃前。泣くのを止められないまま、静かに言います。

「おまえら…、肩を組め…」